HiKaLo技術情報誌第29号 Vol.8, No0.12008-04-30),pp43-44

3.「群馬地区技術交流研究会・第4回熱流体分科会」開催

2008329日(土),群馬大学大学院工学研究科キャンパス・総合研究棟303室において,「群馬地区技術交流研究会・第4回熱流体分科会」が開催された.本講演会では,2007年度をもって退職となる,本会前会長である,群馬大学大学院 小保方富夫教授の最終講義を本会で企画したもので,全会員および関係諸氏に案内した.その長年にわたる研究活動のご功績や苦労話,まためったに聞けない裏話をご講演頂いた.小保方教授とゆかりの深い地域産業界,学内関係者のみならず,中国大連からも参加いただき,63名の参加者数となった.なお,「熱研会」が近く予定されているので,研究室関係の卒業生には案内しなかったにもかかわらず,盛会であった.途中,発表用コンピュータが不調となるなどトラブルもあったものの,小保方教授のお人柄によるものか,終始和やかな雰囲気で講演会がとり行われた.


「流れのままに」というタイトルとともに講演会は開始された.小保方教授のご専門は,「レーザを用いた流れの計測」である.当然これまでの研究の紹介が始まるものと思っていた聴衆の期待は,見事に裏切られることとなる.「流れのままに」とは,研究内容もさることながら,小保方教授の波乱万丈に満ちた人生そのものを指したタイトルであった.

「小保方」という苗字のルーツから,講演は始まった.渡良瀬川の大間々扇状地には,多くの中洲(生潟,州間,矢原)が生まれたり消えたりしていた.その小さい生潟(ふかた)を小生形(こふかた)と呼んだのが起源とのことである.流れのままに生成流転する中州にご自身をなぞらえ,多くの浮沈を繰り返しながらも,「流れの研究」を大成してきた教授ならではの大変貴重なお話を伺うことができた.

1番で入学した高校で体調を崩し落第.その病気のこともあり会社への就職を断念し,1962年,群馬大学工学部に技術員として採用される.最初は工場勤務で,いまでも「旋盤でめねじが切れる」し「ホブ盤で歯車も作れる」とのことである.著者が新しい実験装置の設計でご相談に伺った際,その問題点を鋭く指摘され,ものづくりの基本が身についていることがどれほど重要か思い知らされたのを思い出す.

初級・中級・上級の国家公務員試験を優秀な成績で次々合格し,1965年,東京大学宇宙航空研究所に入所.ここで「層流形流量計」,「レーザ流速計」といった,「流れの計測」と出会うこととなる.流れの可視化やエンジン研究の大家である淺沼強教授,世界で初めて米国マスキー法をクリアしたCVCCエンジン開発者,本田技術研究所 八木静夫氏の支援により,レーザドップラ流速計と呼ばれる当時はまだ極めて希少で高価な機器を導入した.現在では,レーザポインタなど一般の人々が当たり前のように使っているレーザは,当時まだ産声を上げたばかりであった.レーザ光の登場が,世界のエンジン研究を飛躍的に推し進めたことは言を待つまでも無く,著者も日常的に使用している.小保方教授は,レーザドップラ流速計を用いて,当時世界初となる発火運転中のエンジン内ガス流速測定に成功した.これはビッグニュースとなり,ほとんどの自動車・電機メーカの関連研究者が見学に訪れたとのことである.レーザドップラ流速計による流れの計測には,「粒子」が必要である.実際には,流れに混入した微粒子の移動速度を計測するためである.このため,エンジン内部を覗くための観察窓はすぐに汚れ,内部が見えなくなる.汚れた窓を新しい窓と瞬時に入れ替える巧みなシステムの開発など,成功の影にはやはり「ものづくり」の裏打ちがある.これら一連の流れ計測を学位論文としてまとめ,1985年博士号取得(東海大学).その後も,レーザ計測の第一人者として第一線で活躍の身である.


1988年,小保方教授の所属していた群馬大学工業短期大学部は工学部と合併し,エネルギーシステム工学大講座所属となる.その後,1993年,エネルギーシステム工学講座第2研究室教授となる.現在著者も属するこの研究室は,代々「熱研」と呼ばれ,元は淺沼強教授,倉林俊雄教授と続いてきた伝統の研究室である.熱工学,特にエンジンに関する研究が盛んで,小保方教授のレーザ計測が大々的に導入されたことで,研究が一気に加速されたことは言うまでもない.

現在小保方教授は,日本機械学会フェロー,日本自動車技術会フェロー,また2007年には国際自動車技術会(SAE-I: Society of Automotive Engineers International)のフェローとなった.日本の大学関係者ではこれまでわずか14名で,企業関係者は40名の栄誉である.ただし「熱研」からは,淺沼強教授(熱研初代教授),八木静夫氏(熱研第1期卒業生)の2名がすでにフェローとなっており,「熱研」はエンジン研究における世界有数の研究室であると著者も自負している.さらに小保方教授は,日本機械学会「レーザ計測とシミュレーション」研究分科会主査,国際エネルギー機関(IEA)日本委員会(JECC)議長など,おおくの重要な役職を歴任されている.今後は,東京電機大学大学院特別専任教授,および「群馬大学・アジア人財資金構想プロジェクト(「人材」ではない.「人は財産である」という思想による)」の特任教授として,まだまだご活躍の予定である.ご自身では「浮沈」の人生と述べられていたが,著者のようなあとを追いかける若輩からすれば,それは偉大なる人生であり,到底まねのできるものではない.少しでも近づけるよう,日々精進するのみである.


群馬地区技術交流研究会・平成19年度第4回熱流体分科会参加者


 講演会の後,場所を移動して懇親会が開催された.小保方教授とゆかりの多くの方々から,あたたかいお言葉を頂いた.司測研・柳原茂氏,大学評価学位授与機構・河野通方先生,東京大学教授・長島利夫先生,メックス・秋葉英夫氏,元小野測器・岡田格氏,元原子力研究所・諏訪武氏,群馬地区技術交流研究会会長・久米原宏之先生,北関東産官学研究会会長・根津紀久雄先生,元群馬大学教授・柄沢隆夫先生ら多くの方々から,長年の研究・教育活動に対するあたたかいお言葉を頂いた.

本講演会は,著者にとって忘れがたいものとなりました.至らぬ事務局でありましたが,本講演会開催にあたり,多くの方々の御協力をいただきましたこと,紙面をお借りして深く御礼申し上げます.

群馬大学 大学院工学研究科 機械システム工学専攻

助教 荒木幹也