競艇(一部その他)に関して私が経験した中で気が付いたさまざまな点について、下に書きつづりました。(長文ですので、全文を見る場合はオフラインにしてからにして下さい。)
選手会長の「一走」について
1998年後期の選手手帳の一番最初は、登番310の安岐義晴選手ですが、出走回数1回になっています。これは1998年3月4日の鳴門競走場第1レースで一走した結果がコンピュータに入力された結果だからです。前記の結果(k980304.lzh)を競艇の公式ホームページからダウンロードすれば解かる通り6コースからスタートタイミング0.39で6着になっています。
安岐義晴選手が選手会長(2001年には元会長になりましたが・・・新会長は黒明選手)で「選手登録期内の(3年の)間に少なくとも一走しなければならない」との規則に従ったものです。
選手手帳には他にも選手会役員の数選手データが[一走]又は[ゼロ走]になっています。
ダウンロードした私のプログラムを実行して、そのレースの6選手のデータベースを表示した場面の最初のデータで安岐義晴選手は「3年に一度1走」と記述してあります。
---------------------
以下は2001年2月24日・丸亀・第1Rの結果です。(前回からほぼ3年経っています) 1R 予 選 H1800m 雨 風 西 着 艇 登番 選 手 名 モーター ボート 展示 進入 スタートタイミンク レースタイム ------------------------------------------------------------------ 01 2 2124 田 鍋 慶 一 56 51 6.61 3 0.26 1.51.0 02 6 2901 森 洋 03 03 6.69 2 0.33 1.52.1 03 1 2646 山 本 恭 嗣 25 39 6.70 4 0.27 1.53.3 04 4 2683 東海林 敬 司 06 19 6.65 1 0.33 . . 05 3 2315 近 藤 三 幹 46 07 6.66 5 0.28 . . 06 5 0310 安 岐 義 晴 28 09 6.69 6 0.50 . . --------------------- Copyright(c) 2000 Kyotei Net
これは、不評につき2005年のある日(選手会長は野中和夫選手)からは、選手会長を含む3人については、「一走」から除外されることになりました。
ボートレースについてあるていど理解できるようになっても、チルトが具体的にどのような構造をしているか、理解されている方は少ないので説明します。
下の左図の軸(茶色で示されている)の部分がモーターと一体になっています。
軸の両端に変形五角形のプレート(板)が取り付けてあり、その側面(黄色の面)がボートの後部に金属の板を介して密着するようになっています。
右図はチルトがボートに取り付けられた状態を示しています。軸は五角形の中心ではなく、中心からずらしてあります。中心から五つの面までの距離(赤線)が少しずつ異なっています。

五角形は、軸を中心に回転するようになっており、赤い線が短い面がボートに接した場合にチルト角度が小さく、赤い線が長い面がボートに接した時にチルト角度が大きくなります。従ってチルト角度が小さいとモーターは(ボートに近づき)下向きに深い取り付けになり、チルト角度が大きいとモーターは(ボートから離れ)上向きになり浅い取り付けになります。(上の図はあくまで模式図ですので、五角形の物体は、実際と異なった形に表現されています。また五角形は直接ボートと接しているのではなく、写真の様に金属の板を介してボートに取りつけるようになっています。)
五角形という形から、
[-0.5]・[0]・[+0.5]・[+1.0]・[+1.5]
[0]・[+0.5]・[+1.0]・[+1.5]・[+2.0]
[0]・[+0.5]・[+1.0]・[+2.0]・[+3.0]
3系列になります。
日本一レース場が狭い戸田競走場では、チルトは大きく制限され、[-0.5]・[0]・[+0.5]の3種類のみ使用が許され、旋回でキャビって横に流れる可能性のある[高いチルト]は不許可になっています。
チルト3度まで許されているのは、平和島・多摩川・津・宮島の4場と聞いています。(1999年11月現在)
平和島では、[-0.5]・[0]・[+0.5]・[+1.0]・[+1.5]・[+2.0]・[+3.0]の7種類のチルトの使用がOKです。五角形では7種類は不可能ですので、2種類の五角形プレートを使い分けています。(1999年CCでは、初日に山田 豊が3.0のチルトを使用していました。また4日目に熊谷選手が1.5のチルトを使用していましたが、ほとんどは「回りアシ」重視の[-0.5]・[0]・[+0.5]・[+1.0]の範囲のチルトが多用されていました。)
一般的に、チルト角度が小さいと(プロペラが深くなり)出アシが良く、伸びが弱くなり、チルト角度が大きいと(プロペラが浅くなり)伸びが良く、出アシが弱くなると云われています。
例えば、記念レーサーの平野 勇志(2823)は殆んどのレースでチルトを最大にしており、スタートで伸びにまかして頭に抜け出さないと苦しく、2着をせり負けるケースを多く見ています。平野 勇志が下手なのではなく、本人が自分の目的(1着のみ価値がある?)に応じたチルトを選んでレースに臨んでいる結果にすぎません。
チルトの実物をみることができるのは、関東地方の競艇場では、
桐生のメディアセンター(正面から入って左側に最初に見える建物)
戸田のメディアギャラリー(4階・ただしボートに正常にセットされていません。)
平和島のベイプラザ(1階と3階)
です。
なお、チルトは英語で[Tilt]で動詞で「傾ける」、名詞で「傾斜」の意味です。
ICONを利用される方は・・・・
自分のプログラムのショートカット用に製作した6艇分のアイコンです。利用を希望される方はダウンロードしてください。
![]()
(c)Ninomiya Nobumiti
(アイコンの使用と再配布は自由ですが、著作権はNinomiya.Nにあります。なお.アイコンの改変と改変しての再配布は禁止します。)
例えば1号艇と3号艇を中心に舟券を購入する場合、
1−3−全
3−1−全
1−2456(全)−3(2着の2456の内、1点or2点を舟券購入前に消去しても良い)
3−2456(全)−1(2着の2456の内、1点or2点を舟券購入前に消去しても良い)
計16点(又は14or12点)
更に必要なら
2456(全)−1−3(1着の2456の内、1点or2点を舟券購入前に消去しても良い)
2456(全)−3−1(1着の2456の内、1点or2点を舟券購入前に消去しても良い)
合わせて計24点(実際には、1着に想定できるマークをかなり減らすことが可能です)
になります。(1着の2456の中で、56の1着がないと想定できれば、修正ペンor修正テープで56を消せば良いことになります。結果的に2456−1−3が24−1−3になります。)
主力として2点を選ぶ場合の全てのケースは15通りです。
競艇場に行く前に、この15通りのマークシートの束を3セット程度(3セットの場合で3×15=45セット)用意して、そのレースに適合するセットを1組取りだし、そのまま或いは必要ない目を修正ペン・修正テープでマークを消してから、舟券発売窓口に差し出せば、レース番号を塗る・修正する以外は、マークシートを塗る必要がなくなります。
マークシートを束にするには、右図のように、最小のダブルクリックを使うのが便利です。(100円ショップにあります)

ダブルクリックを2色に塗り分けておくと、重ねたマークシートの束から、上から見てそのレースに必要なものを取り出すことが簡単にできます。
なお3点を主力に選んだ場合には20通りの束が必要になります。ダブルクリックの色分けは3色になります。
私は、自動的にマークをプリントするプログラムを作り、それを使っています。
全部のマークカードの束を作らずに、
1−空欄−全
2−空欄−全
3−空欄−全
4−空欄−全
5−空欄−全
6−空欄−全
の全て6種類を予め用意しておくと便利な場合もあります。
2004年現在、関東のレース場の中で桐生では、
3−4−全
3−5−全
3−6−全
の12点は、1枚のマークカードで済みますが、桐生以外では、3枚のマークカードを必要となり、非常に面倒で、1着を2〜3点にした場合、締め切りに間に合わない場合も起こります。
上のケースでは、
3−1−全
3−2−全
3−4−全
3−5−全
3−6−全
の5枚を1セットにして予め用意して置き、不必要な2枚を外して、窓口に差し出せば良いことになります。
5枚1セットを1〜6枠まで用意し、その6セットを、各5組程度用意しておけば、1日分としては十分と思われます。(ダブルクリックは白〜緑までの6種類用意すれば良いことになります)
スポーツ紙の予想(印)について
ある掲示板に「スポーツ紙の進入予想があまりにもひどい」ので「私もスポーツ紙競艇予想の記者になれるかも」との書きこみがありました。これは、スポーツ紙の内情を知らない甘い考えです。
「競艇の初心者」は、「スポーツ紙の印」を信じて舟券を購入することから始まります。
「専門紙(予想紙)」に小さく「スポーツ紙の予想(目)」が掲載されています。通常は競艇場に来てレースを見ている「スポーツ紙の記者」が予想をして専門紙に送っています。(スポーツ紙→専門紙)
しかし、スポーツ紙は記者を全ての競艇場に配置するのは不可能です。例えば江戸川競艇場には、日刊紙8社が登録していますが、2000年2月17日・江戸川の総務課に確認したところ「記者席に登録された日刊紙8社のうち、1時半現在で1社も記者席にいない」とのことでした。(この時刻ではピットに行っていることは考え難い・・・。)
記者が配置されていない競艇場に関しては、そのほとんどは、契約した専門紙から「情報・予想」をもらつて、それを「印・記事・コメント・・・・」にしています。
つまり、専門紙に掲載されている「スポーツ紙」の予想・印は、「その専門紙の記者が付けたものであり」予想の流れは「専門紙」→「スポーツ紙」になっているケースもありえます。
競艇でマイナスの状況を抜けるには、[コース想定・予想]を、なるべく早く自分でできるようになることです。
第1戦(桐生41周年記念・優勝戦)(H9.9.11)
1新井 敏司
2山崎 智也
3濱野谷 憲吾
4山本 浩次
5市川 哲也
6鈴木 幸夫
進入は[162354]と想定されましたが、1番人気になった地元の山崎 智也が経験不足(この時点で)から6コースに押し出され進入は[163542]となり3コースから濱野谷の先マクリで、濱野谷がG1初V、山崎は2着でした。
第2戦 (第44回ダービー・優勝戦・唐津)(H9.10.12)
1水野 要
2松井 繁
3山崎 智也
4西田 靖
5濱野谷 憲吾
6服部 幸男
進入想定は[412635]でしたが本走もその通りになり、服部のマクリにのった山崎がG1Vを跳び超えてSG初Vを達成しました。このレースでは、進入でアクシデントがあり、山崎が進入でエンストしながらも、濱野谷と目が合った時に、目で「ごめん」と云って、5コースを取ってしまい濱野谷は6コース進入になってしまいました。レース後濱野谷は「私が5コースなら・・・」の言葉を残しています。
第3戦 (第25回笹川賞・優勝戦・桐生)(H10.5.24)
1太田 和美
2濱野谷 憲吾
3西田 靖
4松井 繁
5西島 義則
6山崎 智也
私の進入想定は[356124]でした(新聞・予想紙は山崎を6コースに想定していました)が、本走の進入は[352614]になりました。私の考えでは、濱野谷はダービーのことが頭のどこかの残っており、山崎の外にはどうしても出たくなかったのであろうと断言できます。濱野谷は勝てる能力を有しながらも1マークの判断を誤り(3コースから西島をマクリ飛んで)、山崎が差し伸びてSG2Vを達成しました。(山崎のVは西田のF除外による”恵まれ”ではなく、回り足に大きな差があった山崎の”差し”が正しいと思います。新聞では、決まり手は”恵まれ”になっていましたが、マクールでは”差し”になっています。)
山崎選手が笹川賞優勝後のインタビューで「SGの優勝戦で自分のターンをできる人は一人もいない。冷静に行けば・・・」と答えたとありますが、正確には、松田 雅文選手が山崎選手にアドバイスしたものです。
山崎智也選手の師匠である広町選手と松田選手は31期の同期で登番も一つ違い(2501・2502)です。松田選手が桐生参加の際は、前検日の前の日に広町選手の家に泊まることもあるそうです。
日刊スポーツの記事によると、松田選手は智也に
「SGの優勝戦で自分のターンをできる人は一人もいない。冷静に行けば大丈夫だ」
とアドバイスをしたそうです。
そして、1998年のダービーで濱野谷がSG初Vを達成しました。
濱野谷は「山崎(智)がいなかったので、今度は・・・」と優勝戦後に、もらしています。また「笹川賞では1マークで判断ミスをしたが・・・」とも述べています。
1999年11月・平和島・CC最終日。山崎は10R特選B戦で「回りアシ」最悪の三嶌を抜くことなく、安全運転で4着を確保して、7万の差で山室を逆転して、この時点で賞金順位12位を確保しました。その結果、12R優勝戦で、安岐が2着以上、又は守田が優勝すると山崎は13位以下になるになる微妙な立場になりました。
優勝戦は今垣でV確定。2番手を安岐が走り、濱野谷が猛追して2周バックでは、艇を併せての鍔ぜりあいで、現場で見ていて転覆の可能性まである危ない戦いと思いながら(桐生の9月・周年 後藤と山崎との一騎討ち以来の)興奮したレースでした。2周2マークで濱野谷が安岐を差し、2着を確保して、山崎の賞金12位が確定。
濱野谷の激しいとも思えるレースを見て、山崎のことを考えて懸命なレースをしたように見えましたが、その確証は得られませんでした。
翌朝のスポーツ紙には、濱野谷の「智也のことを考え、2着を狙った」との談話が載っていました。
「良きライバルは、良き友」を確認する良いレースを現場で見て幸せでした。
なお、山崎選手は、桐生のG1レースに関して
1999年11月18日のモーターボート大賞を6コースから優勝
2000年9月5日の周年記念も6コースから優勝
2回連続で6コースからのVを飾っています。
更に
2000年10月18日のモーターボート大賞でも2コースから差して優勝
桐生G1を3連続Vしています。
2000年・CC・住之江ではともに優勝戦に進出しました。
濱野谷選手は1枠で、優勝のみが「12月・地元平和島での賞金王ベスト12に入る」ことができるところまで追い詰められていました。山崎選手は6着でもベスト12位は安泰、「濱野谷には昨年のCCでの借りがある」とコメントしてたほどでした。
濱野谷選手は見事プレッシャーにも負けず2回目のSGVを達成しました。(山崎選手は、1M中途半端な旋回をして、バック5番手も、回りアシをいかして結果は3着でした。)
柴田 光(3532・群馬)選手について
H11.1.30日・新鋭王座決定戦・準優勝戦で山崎・浜野谷が共に敗れる波乱がありました。
メンバーは下記の通りでした。
1山崎 智也(3622・群馬)
2濱野谷憲吾(3590・東京)
3馬袋 義則(3612・兵庫)
4柴田 光(3532・群馬)
5片山 竜輔(3552・岡山)
6松本 勝也(3529・兵庫)
進入想定は、ほとんどの新聞が内3艇は[124・・・]でした。
このレースで波乱を予想した人は、「本命2コースは穴」を予感した方であると思います。
この6名で「イン選手」として一番最初に目に入るのは「柴田 光」選手です。
最近では、センターも多用するようになりましたが、一時はイン・ガリガリで鳴らした時期もありました。
これには、面白いエピソードがあります。
柴田選手の師匠は、江口晃生選手です。(なお、山崎選手は広町恵三選手の弟子でそのまた弟子が99年11月デビュー戦で5・6着なし(惜しくも準決3着で優出を逃しました)の戦績を残した卒業レース優勝者の秋山直之=3996です。)
江口選手がある時期に柴田選手に
「外ばかりでレースをしないで、内を狙え」
とアドバイスしたところ、柴田選手は
「インを取れ」
と勘違いして、直ちにイン選手に変身しました。その後、Fを持ってもインから速いスタートを連発し大穴を提供し続けました。ところが[F2]になり、苦労した時期を経て、またアドバイスの勘違いに気付き自在派に変身しつつあります。
柴田と山崎は同じ群馬の選手でありながら同じグループに属していません。
山崎がSG・Vを取るまでは、まず山崎は柴田の内コースをまず取れることはありませんでした。2年の間に選手の実力として両者に大きな差が生じてしまいましたが、この準決勝戦では、柴田選手は、群馬の先輩選手として
「俺も・・・・・」
と闘志が湧いたと想像できます。
進入は[412356]で
スタート・タイミングは
インの柴田が[06]で2コースの山崎は[14]で、馬袋[04]の締め付けに艇が浮き山崎は落水失格になりました。山崎がインであればスタートも遅れずもっと違ったレース展開になったことでしょう。
山崎選手はレース後「敗因は自分のスタート遅れにある」と述べています。
最初はポケコンから始まり、82年に出た・世界で最初のハンドヘルドコンピュータ・エプソンHC−20用のプログラムをROM化し裏のROMソケットに差し込んで使用し(今でも動きます)、更に改良に改良を重ね、現在のPCに使えるプログラムになりました。(途中全く改良しない時期もありましたが・・・)、一番最初からは、20年以上を要しています。東京のスポーツ紙の予想を約4年間受け持ったことがありますが、その間に、パーフェクト予想はできませんでしたが、準パーフェクトは、2回ほどありました。
[回りアシ]測定用の競艇専用のストップウオッチは単独のストップウオッチの製作から始まりました。特殊ストップウオッチのルーツは、007ジェームス・ボンドが映画のなかで、暗闇で腕時計を赤く光らせてタイムを知るのを見て1/100秒のストップウオッチを作ろうと思ったのが最初です。(腕時計は最初¥70000くらいしたと記憶しています。当時は液晶が発展途上で液晶表示の腕時計は市販されていなかったと記憶しています。)
当時はスタート練習があった頃で、1−3コースの選手がスタート練習でフライングを犯すと本番では、スタートを遅らそうという意識が働きすぎて必ずスタートが遅れました。(5・6コースの選手は途中で微調整できます)
スタート練習でフライングの選手は、当然トップスタートであり、動きが良いと判断され中心で売れることになります。ところが、1−3コースの選手は意識してスタートを控えようとすると、かなり遅れるもので、人気選手が消えて穴になり、後にスタート練習のフライングが発表になるまでかなり舟券では良い思いをしました。
スタート練習のFを知る方法は、3分(当時)前に大時計の上のランプが点灯した時点で1/10秒の針の付いた普通のストップウオッチを始動させ、それと大時計を見ながら1分前でランプが消えた瞬間に1/100秒のストップウオッチを始動させます。1分後、先頭の艇がスタートラインに接した時点でストップウオッチを止めます。0.59秒はOK、0.58秒はフライングでした。
その後、沖電気のカウンターICとシフトレジスタを組み合わせて、予想屋さんに時計を作り始めました。さらに、沖がタクシーメーター用に一つのICの中に4桁で5個のカウンターを詰めこんだものを作ったので、それと4桁ひとつのICをあわせて、6艇が測定できる時計をつくりました。時計とラジコンの送信機を組み合わせて、直線タイム(当時未発表)を作り予想屋さんやファンが買ってくれました。
更に、数多くのカウンターICとシフトレジスターを複雑に組み合わせて、[右半周2回・左半周・ホームからの一周・バックからの一周]を測定できる重さが2キロもある大きな時計をつくりました。これが特殊ストップウオッチの原点になりました。現在その小型競艇専用特殊ストップウオッチを利用しているファンは関東地方のみで50人近くになっています。いままで、全く宣伝もしませんでしたが、私の時計を使用したファンの紹介で徐々に増えてきました。予想屋さんでは、桐生1人・戸田4人・江戸川1人・平和島1人・多摩川1人が使用しており、更に戸田では、予想紙を販売している方が2人使用しています。なお、旧型のLEDのストップウオッチは1993年マクール3号の27及び67ページに使用状況の写真が掲載されています。
なお、桐生・戸田・(伊勢崎)の予想屋さんの時計の8割以上は、私の作った時計(1周タイム測定用=6艇について1周1タイムのみ)を使用しています。
江戸川・平和島・多摩川の予想屋さんは4〜6割の方が使用しています。
(表面がアルミで白く光っているストップウオッチのほとんどが私が製作した時計です。江戸川の予想屋さんのために沖電気のタクシー用ICで作った1台は15年以上経ってもまだ動いています。この20年の間に3〜4ヶ月に1台の遅い増え方でしたが、「口コミ」で徐々に増えこれまでになりました。)
1998年のマクール10月号では、"展示航走"の特集を組んでいますが、18ページから3ページに渡って「1周タイム」の記事になっています。18ページ最下段の中程に「6艇のタイムを1台で計時できる専用のストップウオッチ」の記述がありますが、私が予想屋さんののために作った[1周タイム測定用の時計]です。6艇のタイムが右から左へ横並びで1度に表示されます。測定は、スタートとストップの2つのスイッチのみで行います。
また、予想屋さんの要望に応じて、展示中でもストップのスイッチ(例えば1号艇の通過)を押した瞬間その艇のタイムを見ることができるように作ってあります。
Ninomiya's 十戒(私の舟券作戦で他の人に強制するものではありません)
1.コース想定は必ず1Rが始まる前に全レースについて自分で行う。
桐生では、3紙の予想紙がありますが、2紙は通常の全レースについての進入回数が載っていますが、1紙(レース関東)はそのレースでの枠のみの進入回数しか載っていません。従って、イン志向の選手が6枠の場合近1年半(?)の6枠での進入回数しか計算されていないので、それを見て1コース進入が少なく2コース進入が多い場合は、1・2枠の選手がインのきつい場合は2コースで我慢するであろうと想定できます。[レース関東]と[競艇タイムス]の2つの予想紙の進入回数を見てコース想定をすれば、かなり本走に近い進入になります。
どうしてもコース想定ができないレースは[お休み]にする。
たとえば98年モーターボート記念の初日選抜戦12Rは下記のメンバーでした。
1植木 通彦
2熊谷 直樹
3服部 幸男
4松井 繁
5山崎 智也
6今村 豊
普通のファンの進入想定なら[123456]ですが、前日(当日の早朝・夜中1時頃)のMB記念予想番組でも話題になったように、6人の中でトップの動きと注目されていた今村豊選手の進入コースは、6コースのままなのか、前付け3・4コースなのか、インまで入るのか論争になったように[6コース][3・4コース][イン]の全てが考えられ、モーターの力が抜けていると思われる今村豊選手の進入コースによってレースの展開は大きく変わります。(今村選手は本走では1コースを取りました)
従ってこのレースは[お休み]にすべきレースに該当します。
2.レースの組み立ては、マクるのは誰かを考えるのが最初
3・4・5コースのカドを取るのは誰かを見つけ出し、その選手がイン選手をマクリきれるかをまず考える。マクリきれると結論が出たならその選手を中心にレースを組み立てる。そのカド選手を外からマークするのは誰か・差すのは誰かを考える。カド選手がマクれそうもないとの結論になったなら、初めてイン逃げのレースを組み立てる。
(私はコース想定した場合"カド"の印は"「 "を使っています。123「456 の様に使用します。)
3.穴を狙うなら、マクる選手の外マーク選手からの流し
桐生で万穴になったケースの80%は、カドの選手のマクり流れ(1・2コースの選手にケられ・・・)すぐ外の選手の差し抜け1着で、カドの選手が本命の場合でも、すぐ外の選手で万穴になったケースもあります。
4.人気1番の選手が2コース想定なら穴を狙え
SG・G1で得点トップでポールポジションを得た選手が消えたケースはかなり多いが、消えた場合そのほとんどがその選手が2コース進入場合で敗れています。一番最近では、G1初ナイターの桐生の周年記念レースで、オール連対・得点トップの1枠・松井 繁は、準優勝戦で2枠・新井敏司が前3走で112コース進入で成績が111着でイン進入はほぼ確定で、その新井にインを許し、2コース進入になりスタートが遅れ、5枠・山崎智也(3コース進入)のマクリ差しに敗れ¥7340の穴を提供しています。
その11R準決勝戦は下記メンバーでした
1 3415松井 繁
2 2528新井敏司
3 2791荻野 廉
4 3295濱村芳宏
5 3622山崎智也
6 3105内山文典
更に9R準決勝戦は下記メンバーで
1 2997池上正浩
2 3200熊谷直樹
3 3159江口晃生
4 3131近藤昌義
5 3327野長瀬正
6 3505山田竜一
格上の熊谷も2コース進入で敗れ[4−6]で¥5270になり、これまた穴を提供しています。
更に、桐生前回の大きなレースは5月の笹川賞でしたが、
その時は、植木 通彦が成績141111の得点トップで準優勝戦12Rの1枠を得ました。
1998年5月23日桐生・笹川賞5日目12R準優勝戦は下記のメンバーでした。
1植木 通彦
2太田 和美
3山崎 智也
4吉田 稔
5広町 恵三
6渥美 敏
山崎 智也が偶然とはいえ、師匠の広町 恵三と同じレースになりました。広町の前付けインで植木は2コース進入で並びは
[514「236]
になり、カドの太田のマクリ、カドマークの山崎(智)の2着で決まり、山崎が優出し2度目のSG・Vを取りました。レースにもしはありませんが、この場合も植木が、2コース以外なら連対の可能性が大です。
1998年福岡ダービーでも得点トップで準優勝戦に進出した植木は、結果的に2コース進入になり敗れています。(インがFで植木に大きな不利がありましたが、植木は自分が「失敗した」ことを認めています。)
2コースで主力選手が、敗れる理由は、トップスタートを切るのが難しい上、イン選手を見ながら、外から来る選手を捌く必要があります。また2コースからの同体・半挺身前でのツケマイでは、イン選手をジカにまくりきるのは困難で、1マーク旋回後外に流れる場合がほとんどです。差す場合でもキッチリ差さないと首位は苦しくなります。余程、総合能力で他の選手に大きな差をつけていないと、勝ちきるのは困難です。ただし、マクリをほとんどせず、2コース差しを専門にしている選手は例外で、江口選手がこれにあたります。
G1・桐生42周年記念 12R 優勝戦 1 3406中里英夫 2 3622山崎智也 3 3131近藤昌義 4 3505山田竜一 5 2791荻野 廉 6 3783瓜生正義 新聞の進入想定は[123456]又は[123546]でしたが、本番では、[13「2456]になりました。優勝は3コース・カドになつた(これは"なった"ではなく"取った"であると私は思います)山崎 智也のマクリ圧勝のVでした。(頭の隅では2コースでは、瓜生がヤバイと考えていたと思います) 山崎選手は、優勝後すぐのピットに上がってのインタビューで 「カドを取りたかったので、前つけ選手(近藤)が来たので喜んで入れて、自分はカドを取りにいった。」 と答えていました。もし2コースなら苦しいレースになったことを、如実に物語っています。 改めて、山崎 智也選手のレースセンスの良さに納得しました。 1999年6月新鋭戦・桐生で典型的な例が見られました 山崎智也の初日からの成績は(レース・コース・スタート・着・配当)下記のとうりです。 初日 09R・1コース・24・1着 12R・1コース・21・1着 2日 07R・2コース・21・4着・¥11370 12R・3コース・20・1着 3日 09R・1コース・15・1着 12R・2コース・23・2着・¥5910 4日 11R・1コース・15・1着 優勝戦 12R・3コース・18・1着=V なお3日目・12Rでは、山崎は、2コース進入から格下の選手のイン逃げを許し、2周ホームでは6番手で、逆転して2着になりました。もし、山崎が着外なら2万以上の配当になりました。 山崎は8戦して、2コース以外は全て1着で、2コース進入になった時のみ、1着を取れませんでした。 この結果は偶然ではなく、「他の選手と大きくレベル上位であろうとも、2コースでは敗れることもある。」ことを如実に物語っています。 ----------------------
2005年お盆シリーズの桐生での山崎智也選手の全成績は
3622山崎智也=2152331
でした。
また、江戸川での濱野谷選手の全成績は、
3590濱野谷憲=21121412
でした。
ともに3連単に絡まなかったのは1回のみでした。
そのレース結果は、下記の通りです。(ともに10万を超える配当になりました)
----------- 桐生8月15日7R 01 5 3115 鈴 木 正 人 38 30 7.00 5 0.23 1.51.7 02 4 2787 藤 井 定 美 12 29 7.06 3 0.20 1.52.8 03 6 3475 橋 本 久 和 66 69 7.11 6 0.12 1.55.0 04 2 3441 土 屋 太 朗 16 72 7.00 4 0.15 1.55.2 05 3 3622 山 崎 智 也 31 17 7.02 2 0.27 1.56.2 06 1 2342 小 林 旭 13 70 7.02 1 0.31 1.58.3 3連単 5-4-6 128480 人気 106 ----------- 江戸川8月17日11R 01 3 4077 品 田 直 樹 57 58 6.68 3 0.05 1.49.4 02 1 4026 小 林 晋 28 52 6.72 1 0.07 1.50.8 03 4 2517 永 瀬 三 男 30 23 6.74 4 0.17 1.53.0 04 2 3590 濱野谷 憲 吾 54 65 6.66 2 0.12 1.54.0 05 5 3911 鈴 木 猛 16 33 6.67 5 0.27 . . 06 6 4297 山 田 哲 也 66 19 6.74 6 0.09 . . 3連単 3-1-4 138250 人気 82 -----------
2つのレースの共通点は、共に2コース進入で敗れていた点です。
5.頭になるべき選手を決めたら、買い目に"強弱をつけて"流せ
現代の競艇では、1マークの展開次第では、程んど連に絡みそうも無い選手でも2着になるケースが多い。買い目を極々少なくしても、そのような舟券は押さえておくべきです。上のケースでも新聞で対抗になった山崎 智也を、(松井の2コースも想定も加わり)対抗ではなく本命視しました。(地元での智也の怖さ(強さ)を知っているので!)地元のファンとしては、山崎
智也の首位で¥7340の配当は信じられませんでした。
6.SG・G1以外の一般戦での第1〜3レースは[お休み]
一般レースでの第1〜3Rでは、自分で作成したプログラムを利用して1マークを想定しても、グラフではその通りになっても、バックを走る形は異なる順位で走るケースが多いのに気づきました。また考えもつかない15・14番人気で決まるケースもかなり多い。これらのレースでは、まともに走る能力を欠如した選手が6人集まってレースを構成しているので、1マークの想定が結果に結びつかないケースが多いので[お休み]にすべきとの最終結論に達しました。
7.参加すべきレースは1日に[0〜3・4回]である。
今までの経験で、1日に参加したレースが3・4回以下の場合は収支がプラスになったケースが多いが、1日に8・9回も手をだしたケースでは、収支は必ずマイナスになっています。3〜4回の場合は、冷静に自分が見えているレースのみ手を出した結果で、9回もレースに参加することは、熱くなっている証拠で、冷静にレースを見ていないことは明らかです。選んでレースに参加する場合は、意外に買い方が正しい場合が多い。
少しでも不安のあるレースは[お休み]にすべきです。(私は気に入らないレースであれば優勝戦でも休みます。)
固そうで一番危ないケースは、1コース選手と3又は4コースのマクる選手との一騎打ちのレースです。1番人気3倍少々、2番人気4倍少々の場合、両者で決まらないと大ケガをします。
3・4コースあるいは4・5コースのスジ舟券(及びそのウラ舟券は決まるケースが多い。)
8.モーター勝率はあまり考慮するな。
現代の競艇は、持ちペラ5枚で、その選手がどのプロペラを使用するかによって、[動き]が変わってしまいます。良いペラを持っている選手はモーター勝率が20%台でも上位級の動きを見せることも十分にあります。例えば1998年"オーシャンカップ"で優勝した松井 繁選手のモーター勝率は[26%]でした。
レースを組み立てて、どうしても結論が出ない場合に、最終的にモーター勝率を見るのは良いが、レースの組み立ての段階では考慮すべきではないと考えます。1998年MB記念では1番人気が[13.3倍]でオッズが割れていました。予想紙によって数値が異なりますが、モーター勝率はほぼ下記の通りでした。
1 岡本 慎治 35%
2 大賀 広幸 35%
3 松田 雅文 34%
4 長岡 茂一
48%
5 熊谷 直樹 30%
6 三島 誠司 33%
あくまで、"迷ったときのモーター勝率頼み"に徹すべきと考えてます。
但し、上記レースでの[ゼロ計算タイム]は下記の通りでした。
1 岡本 慎治= 4
2 大賀 広幸= 9
3 松田 雅文= 3
4 長岡 茂一= 4
5 熊谷 直樹=
0
6 三島 誠司= 8
全てのスポーツ紙上で、熊谷選手のモーター(勝率30%)が一番弱いと記述されていましたが、誰が計算しても同じ結論が得られる計算方法での[ゼロ計算タイム]で示されているように、[回りアシ]に関しては、熊谷選手がベストワンと考えて良い結果になっていました。
更に、1998年・オーシャンカップの優勝戦での[ゼロ計算タイム]は下記の通りでした。
1松井 繁=00
2岡本 慎治=03
3金子 良昭=04
4山崎 昭生=10
5沖口 幸栄=09
6倉谷 和信=04
既に述べたように、モーター勝率26%の松井 繁 の動きがベストでした。
上の[ゼロ計算タイム]を得る方法について、関心のある方はメールをください。納得のいく長文の詳しい説明をお送りいたします。
9.「捨て金」で舟券を買うことも必要
1レースで投資する金額のうち、当たりを目的として80%を使い、「捨て金」としての20%は自分で展開(ケンカ・インケリ・マクリ流れ等)を想定して穴を押さえる。マーク(差し狙いの)選手の買い目を増やす・マーク選手から流す等いろいろの買い方があります。私の場合、万舟券を取ったのは、このケースが多い。「捨て金」は20%に固定せず、30〜15%の幅で変化させても良いと思います。
10.男子・女子の混合戦は一節間[お休み]にする。
混合戦は、該当するレース(混合戦)のみでなく、一節間全て[お休み]にする。(オール女子戦は、ほぼ同じ土俵上のデータなので参加もOKと考えます。)
女子選手の連合会勝率及び複勝率は、オール女子戦の成績が上乗せされたもので、本当の実力を表わしていません。昔、私が混合戦に行っていた時は、データをコンピュータに入力する場合、女子の連合会勝率を1.00減点(6.00なら5.00に)、連対率なら10%減(50%なら40%に)して総合能力を得ていましたが、それでも結果に正解が得られませんでした。
また、混合戦の舟券を買って外れた場合、男子のみのレースの舟券作戦にも影響を与え、頭が混乱してマイナスが大きくなったケースが多かった記憶が残っています。
更に、女子選手の場合スタートタイミングが一定の幅に収まらず、前半戦で[0.08]でスタートして後半戦では、[0.33]でスタートするのも平気です。
(インターネットを利用している女子選手が、この部分の記述を読んだ場合気分を害すると思われますが、"混合戦で私のプログラムを利用しての「回収率」が低下する傾向"がどうしても避けられませんので、このような記述をせざるをえないことを女子選手にはお詫びいたします。)
(附1)
[お休み]のレースを作るコツ
レース場の現場にいて、レースを休むのは不可能と思われますが、次に述べる方法なら、徐々に[お休み]のレースを作れるようになります。
単に、[休む]と考えただけでは、人間は弱いもので休むことはできません。下記の2点を守れば休むことができるようになると思います。
1.[休み]と決めたなら,なるべく投票券売り場から離れた位置に移動する。
2."頭"のみをレース場から離れた場所に持って行く。
私は、現場で[回りアシ]を測定できない場合は、舟券は買わないことにしています。桐生では、特別観覧席の一般用テレビでは、レジャーチャンネルを見ることができますので、頭を切り替えるために、他の競艇場のレースを観戦することにしています。レジャーチャンネルを見てそのレースまで買いたくなるような人は、漫画(「モンキーターン」をお奨めします)や雑誌を持って行きそれを読むのが良いと思います。それが難しい人は、そのレースの次ぎ又は後半のレースの検討をしていれば、該当するレースを休めると思います。
一度、休むレースを作れるようになると、自然に休みのレースが多くなるもので、レースを選択できるようになると思った以上に冷静になり、「買うべきレース」に関して、買い目が的確になります。
桐生で実地に測定した[回りアシ]のベストは下記の通りです。(短評も)
1-5.44・瓜生 正義(SG初参加初レース・コース負け?)
2-5.47・山崎 智也(植木にコース負け・技も??)
3-5.48・倉谷 和信(4Rカド一発見事・10R瓜生にSGの難しさを教える)
4-5.50・植木 通彦(コメントの必要なし)
4-5.50・濱野谷憲吾(さすが、少年サンデー連載"モンキー・ターン"のモデル)
4-5.50・大島 一也(ペラ絶好調・1M甘くも2Mで6番手から5艇差し1着)=(2年前の内閣杯で井川大作)
4-5.50・高山 秀則(?????)
4-5.50・新見 恵一(カド行くが山崎昭生に内ノビされ)
.
持ちペラ5枚では、「エースモーターなし」が私の持論ですが、
エースモーターといわれた西田 靖は5.56でした。
------------------------------------------------------------
上の記述は、私が桐生の現場で競艇専用ストップウオッチで測定した初日の[回りアシタイム]のベスト8を笹川賞初日の夜、或る掲示板に記したものです。
SG初参加で無我夢中の内に3日が経ち、4日目でSG初連対したレースではエースモーターといわれた西田靖を追いかけまわした瓜生以外では、新見が脱落したのみで、2位の山崎(智)から、初日不甲斐ないレースをし短評に(?????)をつけた高山まで6人が準優勝戦まで進みました。いかに現在の競艇では、[回りアシ]が大事か、実証されていると思います。
特に、高山 秀則に関しては、ワーストのうちの一人に上げた記者もいたほどでした。レースの結果だけ見ていると、高山のようなケースに気づきません。
なお、後日あるスポーツ紙のインタビューに瓜生選手が「(SG初参加で)雰囲気に飲まれたとは思わないけど、今考えると冷静じゃなかったかもしれません」答えており、私のコメントが正しいことが証明されています。
桐生競艇で1997年9月以後1998年9月までにG1以上のレースが5回行われましたが、5開催の内最初の三開催で万穴が1回づつ出現しました。更に新鋭戦の優勝戦も万穴になりました。
G1の万穴の内2回は中心視すべき選手のすぐ外の選手が1着になりました。残りの1回は朝想定した進入の中心選手の外の選手が1着で2着がその中心選手で万穴になりました。
桐生競艇では、万穴が的中した場合、その舟券を案内所で見せるとその場で、「万舟券的中証明書」を発行してくれます。桐生の上記のエポック的開催全てで、万穴を見つけることができました。
下の左図が野長瀬選手がG1初優勝した時の「証明書」です。(平和島で3・4年前に開催された内閣総理大臣杯で1日に二回の万穴が出た日がありましたが([加藤駿二>石田政吾]と[山川美由紀>滝沢芳行]と記憶しています。)加藤の万穴をGETして私の時計を使用しているファンと共に、入り口のインフォメーションセンターで「証明書」を貰った記憶があります。右図(表示によっては下図)は桐生で私がGETした証明書の切り取りです。

平成9年9月10日(G1) 5R
一 般 H1800m 連単
-------------------------------------------------------------------------
艇 選手 選手 年 出 体級 全国 当地 モーター ボート 今節成績
番 登番 名 齢 身 重別 勝率 複率 勝率 複率 NO 複率 NO 複率
-------------------------------------------------------------------------
1 3220二橋 学33静岡50A1 6.60 53.06
7.18 57.89 23 36.69 70 51.52 1 343 46
2 3286坂東 満29静岡51A1 6.47 48.28 6.52 57.14 15 33.17 29 31.03 6 541 2
3 3304烏野賢太29徳島51A1 8.05 51.58 9.06 62.50 31 37.62 50 32.14 6 451 51
4 3482金子猛志26群馬59A2 6.08 48.04
6.07 45.71 32 35.83 60 41.38 3 453 66
5 2362淺香 登49三重52A1 6.49 46.40 7.18 63.64 14 47.34 44 34.48 4 5 144
6 2502松田雅文46福岡56A1 7.85 51.20 6.57 42.86 67 36.54 22 44.00 531 632
コース想定は[563「124]又は[5631「24]で、実際は[5613「24]の並びでコンピュータの結果は「2坂東 満が本命」・「6松田雅文が対抗」で他の選手はグラフ上目立つ存在はありませんでした。
本番では、2坂東 満が伸びてマクるが6松田雅文の艇首に少しひっかかり、坂東の外の4金子 猛が差し抜け1着、松田をマクッた坂東が2着で万穴になりました。
01 4 3482 金 子 猛 志 32 60 6.67
6 0.11 1.48.5
02 2 3286 坂 東 満 15 29 6.61
5 0.07 1.49.4
03 1 3220 二 橋 学 23 70 6.52 3 0.16 1.51.4
04 6 2502 松 田 雅 文 67 22 6.60 2 0.18 1.52.7
05 3 3304 烏 野 賢 太 31 50 6.61 4 0.16 1.53.5
06 5 2362 淺 香 登 14 44 6.63 1 0.22 1.53.8
単勝 4 940
複勝 4 480 2 290
連単 4-2 11710 人気 30 決まり手
抜き
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
平成9年11月6日12R(G1) 優勝戦
H1800m 連単
-------------------------------------------------------------------------
艇 選手 選手 年 出 体級 全国 当地 モーター ボート 今節成績
番 登番 名 齢 身 重別 勝率 複率 勝率 複率 NO 複率 NO 複率
-------------------------------------------------------------------------
1 2528新井敏司49栃木53A1 6.91 50.00 7.13 54.17 69 38.89 17 27.42 652 112
1
2 3159江口晃生32群馬54A1 6.91 46.84 7.23 56.86 62 60.71 22 35.38 121 431
1
3 2324栗原孝一49埼玉52A1 6.24 41.28 7.84 54.84 20 25.71 50 33.33 4 123 1
1
4 3295濱村芳宏31徳島51A1 8.09 53.00 6.53 31.58 34 40.62 43 30.65 1 352 232
5 2992今村 豊36山口50A1 8.53 53.75 6.41 29.41 21 26.47 57 28.12 1 111 1
2
6 3327野長瀬正30静岡54A1 7.11 51.00 5.11 11.11 38 45.71 41 32.26 2 533 232
予選5連勝で準優勝戦2着の[5今村 豊]が本命人気になりましたが、今村の外マークが確定している野長瀬は今村に隠れて全く人気がありませんでした。
進入想定は殆どの新聞で[1234「56] でしたが、本番では[123「564]で浜村が6コースでしたが、野長瀬の今村マークは変わりませんでした。北風(ホーム追い風)がかなりある水面で今村はマクり流れ、野長瀬の差しが届き万穴になりました。
01 6 3327 野長瀬 正 孝 38 41 6.78
5 0.04 1.48.8
02 1 2528 新 井 敏 司 69 17 6.73 1 0.13 1.49.9
03 5 2992 今 村 豊 21 57 6.61 4 0.03 1.50.9
04 4 3295 濱 村 芳 宏 34 43 6.68 6 0.03 1.51.4
05 2 3159 江 口 晃 生 62 22 6.67 2 0.09 1.52.3
06 3 2324 栗 原 孝一郎 20 50 6.65 3 0.06 1.52.4
単勝 6 1760
複勝 6 810 1 190
連単 6-1 10760 人気 28 決まり手
抜き
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
平成10年4月7日12R(G1)
予 選 H1800m 連単
-------------------------------------------------------------------------------
艇 選手 選手 年 出 体級 全国 当地 モーター ボート 今節成績 早
番 登番 名 齢 身 重別 勝率 複率 勝率 複率 NO 複率 NO 複率 123456見
-------------------------------------------------------------------------------
1 3322山口浩司30佐賀49A1 6.61 52.83 5.38 23.08 46 50.89 40 37.75 412 25
2 2992今村 豊36山口49A1 8.25 63.16 7.50 45.83 69 34.09 24 33.55 1 1111
3 3635石田政吾27石川52A1 6.27 39.33 8.14 78.57 38 43.55 48 37.01 642 2 2
4 3251平石和男31埼玉50A1 7.00 37.04 6.69 38.46 37 36.43 27 38.46 1 461
5 3233小畑実成31岡山55A1 7.18 41.89 6.48 47.83 70 32.76 28 35.53 413 12
6 3333丸尾義孝29徳島52A1 7.16 48.08 6.26 36.84 29 36.64 13 31.58 1 111
上のレースは準決勝戦を翌日に控えた得点争い最終日・最終レースでした。1山口(エースモーター)のみ得点勝負・3石田は得点足りず準優勝戦には届かず。残りの4人は前半戦で準優勝戦の得点は達成しており、事故以外で準優勝戦は可能になっていました。
勝負の山口には[+2]の補正、石田は[0]、残りの4人は[−2]の補正を加えたところ、本命は[回りアシタイム]も良かった山口になりました。私の進入想定は[256「134]で、[1=3]のスジ舟券は絶対に買うべき舟券になりました。しかし本番では[214「356]で3石田がカド一気に(ST0.07)マクり1着、混戦を制した1山口が2着になりました。(コース想定を誤りましたが、朝コース想定を決めておかなければ、絶対に取れない舟券でした。)
01 3 3635 石 田 政 吾 38 48 6.54 4 0.07 1.48.7
02 1 3322 山 口 浩 司 46 40 6.54 2 0.24 1.50.2
03 5 3233 小 畑 実 成 70 28 6.52 5 0.11 1.50.9
04 4 3251 平 石 和 男 37 27 6.73 3 0.26 1.51.1
05 2 2992 今 村 豊 69 24 6.59 1 0.19 1.53.4
06 6 3333 丸 尾 義 孝 29 13 6.60 6 0.14 1.54.3
単勝 3 1560
複勝 3 470 1 420
連単 3-1 10040 人気 26 決まり手
まくり
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
次は、G1・SGではありませんが、山崎 智也が失敗したレースです。
平成10年6月10日 12R (新鋭戦)優勝戦 H1800m 連単
---------------------------------------------------------------------------
艇 選手 選手 年 出 体級 全国 当地 モーター ボート
今節成績
番 登番 名 齢 身 重別 勝率 複率 勝率 複率 NO 複率 NO 複率
---------------------------------------------------------------------------
1 3602奥平拓也28千葉53A2 5.53 40.26 3.71 28.57 31 33.53 26 38.22 251 451
2 3622山崎智也24群馬50A1 8.16 63.83 8.02 68.60 44 38.20 18 32.26 1 111111
3 3517高橋 勲30神奈54A1 7.58 63.46 7.72 72.22 53 33.15 59 30.48 112 1261
4 3591後藤孝義29静岡53A2 6.13 47.17 5.40 33.33 56 40.83 32 28.88 522 332
5 3804中渡修作24福岡55A2 5.63 41.27 4.80 26.67 63 32.52 24 38.04 412 512
6 3740大澤普司24群馬53A2 4.53 27.27 4.51 28.57 24 37.91 50 37.63 132 252
新鋭戦の優勝戦で山崎がこれまで負け知らずの7連勝。完全優勝をほぼ手中にしていましたが、大きな落とし穴が待っていました。格上の山崎と高橋は、これまで、全て1・2コースのみで戦ってきました。朝のスタート練習で高橋がインの練習をしていたことと、年上でもあり更に高橋自身が、「まだ自分の方が実力が上と考えている可能性が高い」と想像(この時点では高橋はSGで活躍する以前で一部のファンしか注目していませんでした。)して、進入を[324「156]にしました。[中心選手が2コースなら、大穴の可能性が大 ]との鉄則に従い、[回りアシ]が山崎に次いで良い奥平のカドマクり、マークの中渡の差しの[1=5 ]は、買うべき舟券になりました。
本走での並びは[34「2「156]で山崎は今節初めてのカドではない3コースになり、スタートで握り遅れ(0.43)、カドの奥平(0.10)がのびてマクるがイン高橋(0.10)が抵抗、5コースの中渡(0.11)が差し抜ける。高橋は奥平のまくりに沈み1Mでアウト。
4艇の大きな水しぶきの中を山崎は抜けようとするが、[吸水]エンストでエンジンかからずアウト。
バック4番手も動きの良い(レースを作った)奥平が2Mで2艇を差し2着決着。
01 5 3804 中 渡 修 作 63 24 6.60 5 0.11 1.48.1
02 1 3602 奥 平 拓 也 31 26 6.58 4 0.10 1.51.4
03 6 3740 大 澤 普 司 24 50 6.52 6 0.33 1.52.5
04 4 3591 後 藤 孝 義 56 32 6.59 2 0.23 1.54.9
05 3 3517 高 橋 勲 53 59 6.60 1 0.10 1.57.8
S1 2 3622 山 崎 智 也 44 18 6.43 3 0.43 . .
単勝 5 670
複勝 5 520 1 790
連単 5-1 11790
人気 23 決まり手 まくり差し
山崎はこのレースに関して、「申し訳なかった」とお盆レースでも何度も口にしており、9月の桐生周年記念(G1)での優勝戦の3コースのカドマクリVに結びついたと考えられます。
1 江口 晃生=19
2 今村 豊=00
3 中道 善博=25
4 濱野谷憲吾=29
5 烏野 賢太=16
6 高橋 勲=23
この数字のみで比較すれば、
本線は[2−5][2−1]で逆転があるとすれば[5−2][1−2]のみの様な気がします。
B
当日、平和島の特別観覧席には、私が製作した「競艇専用ストップウオッチ」を持った人が8名揃いました。149番の席(スタートラインの延長線上)には私を含め3人が並び「回りアシ」を測定していましたが、3人とも当然の結果として、同じ場所で測定したので今村がトップで相手は江口と高橋になっていました。
私が常に行う方法に従って、1周目の1号艇に[+3]の補正と6選手の乗艇姿勢による補正をした「回りアシタイム」の[ゼロ計算タイム]は下記の通りでした。
1 江口 晃生=03
2 今村 豊=00
3 中道 善博=22
4 濱野谷憲吾=15
5 烏野 賢太=16
6 高橋 勲=04
この数字のみで比較すれば、
本線は[2−1][2−6]で逆転があるとすれば[1−2][6−2]のみの様な気がします。
AとBの共通の目は本線で[2−1]、逆転は[1−2]で、この2点は絶対に買うべき舟券になりました。
結果は[1−2]の¥1740になりました。
偶然の結果
21世紀になって、桐生最初の優勝戦は下記のメンバーになりました。
桐 生 競艇場 1月 7日 第34回スポニチ杯争 第 6日
12R 優勝戦
---------------------------
1 3269柴田明宏35栃木55A2
2 3996秋山直之21群馬52A2
3 3482金子猛志29群馬60A1
4 3622山崎智也26群馬54A1
5 2501廣町恵三50群馬53A2
6 3619長谷川充27群馬52A2
このメンバーをある基準に従って並べ変えると下記のようになります。
2501廣町恵三50群馬53A2
3482金子猛志29群馬60A1
3622山崎智也26群馬54A1
3996秋山直之21群馬52A2
になります。
広町グループが師匠の広町選手から、偶然にも4選手が優出したことになります。
廣町→金子→山崎→秋山
と繋がっています。
このことを知っているととても舟券を買えないことになります。
2501廣町恵三=師匠を勝たせるレースにならないか?
3482金子猛志=スタートはトップの可能性が高いが?
3622山崎智也=G1を2勝しているSGレーサーの面目もある?
3996秋山直之=V0も現在5連続優出中で師匠・先輩が初Vをさせてやる?
結果か下記の通りでした。
12R 優勝戦 H1800m 曇 風 南 2m 波 1cm
着 艇 登番 選 手 名 モーター ボート 展示 進入 スタートタイミンク レースタイム 差し
-------------------------------------------------------------------------------
01 4 3622 山 崎 智 也 62 16 6.60 2 0.12 1.45.7
02 1 3269 柴 田 明 宏 22 39 6.58 1 0.14 1.47.1
03 2 3996 秋 山 直 之 24 18 6.52 6 0.16 1.48.5
04 6 3619 長谷川 充 26 53 6.65 5 0.25 1.49.3
05 5 2501 廣 町 恵 三 19 28 6.65 4 0.18 1.50.6
06 3 3482 金 子 猛 志 27 21 6.55 3 0.16 1.51.5
単勝 4 210
複勝 4 100 1 420
連単 4-1 1180 人気 5
秋山直之(3996)選手の印象
卒業レースをVで飾り、デビュー戦は、4日目までの準優勝戦で3着で、その節は最終日前日まで4着以下の成績がゼロ(惜しくも最終日は、成績を落としましたが)という戦績を残し、将来に期待を抱かせました。
1999年4月、戸田で素晴らしい成績で優出し、6コースからのマクリが決まったかに見えましたが、
かなりの北風と原義昭選手の捌きに敗れ惜しくも2着でした。
これだけでは、秋山選手の凄さは感じませんでしたが、次の光景を見て、只者ではないと確信しました
1999年4月14日・桐生6R・北風(バック向かい風)
6R 一 般 H1800m 電話投票締切予定時刻12:59 連単
-------------------------------------------------------------------------------
艇 選手 選手 年 出 体級 全国 当地 モーター ボート 今節成績 早
番 登番 名 齢 身 重別 勝率 複率 勝率 複率 NO 複率 NO 複率 123456見
-------------------------------------------------------------------------------
1 3638前田 努28和歌56B1 4.28 18.39 3.43 7.14 15 31.72 23 35.95 4 665 25
2
2 3498白石浩二30兵庫50A1 5.56 33.77 5.12 23.53 66 36.52 30 36.36 13546 21
3 2649大田 豊49大阪54A2 4.68 25.96 5.07 35.71 52 37.50 33 34.21 456 1 41
9
4 1853大平浩士56岡山51A2 6.31 47.73 6.87 66.67 51 33.56 31 35.53 162 424
10
5 3663木山和幸29広島50A1 5.52 38.14 0.00 0.00 69 35.46 11 32.26 61551 3
10
6 3996秋山直之19群馬51B2 6.00 44.07 6.88 62.50 24 30.47 66 35.06 1S5 1 13
9
1着はぶっちぎりで白石・2着を木山と秋山で、デッドヒートをくりかえす。
最終バックは、内は木山、外は秋山で艇を併せて北風に向かう。
2マーク直前で、秋山の艇の下に木山の艇が少し入り込む形になり、秋山の艇はまっすぐ立ち上がり、そのまま仰向けで水面に叩きつけられる。
本栖の訓練では、「転覆してもレバーとハンドルから手を離すな」と叩き込まれているが、並の選手では、艇から放り出されていたケースです。
転覆と思われた秋山の艇は、艇が水面に叩きつかれたショックが強く、偶然にも正常位置に戻る。秋山の成績は、転覆や落水ではなく、[エンスト]失格でした。
レース道中のターンの素晴らしさでなく、負けたレースで選手の素晴らしさを認識するのは稀です。
その6Rの成績は、下記の通りでした。
1着タイムが、[1.52.0]で示されている(秋山が止まったのは3周の2M直前でした)ように、とても6mの風ではなかったような気がしています。
6R 一 般 H1800m 晴れ 風 北 6m 波 9cm
着 艇 登番 選 手 名 モーター ボート 展示 進入 スタートタイミンク レースタイム
------------------------------------------------------------------
01 2 3498 白 石 浩 二 66 30 6.86 2 0.20 1.52.0
02 5 3663 木 山 和 幸 69 11 6.75 3 0.30 1.54.2
03 4 1853 大 平 浩 士 51 31 6.87 1 0.21 1.56.0
04 3 2649 大 田 豊 52 33 6.80 4 0.33 1.57.7
05 1 3638 前 田 努 15 23 6.80 5 0.41 1.59.0
S0 6 3996 秋 山 直 之
24 66 6.66 6 0.33 . .
なお、広町恵三-山崎智也-秋山直之と繋がっています。師匠にも恵まれていると思います。
(ただし、2003年になってから秋山直之選手は広町グループから脱退したとの話を聞いています)
下記2番組は2001年8月7日の平和島・蒲郡同日のGIの優勝戦番組表です。
12R 優勝戦 H1800m 電話投票締切予定16:35
-------------------------------------------------------------------------------
艇 選手 選手 年 出 体級 全国 当地 モーター ボート 今節成績 早
番 登番 名 齢 身 重別 勝率 2率 勝率 2率 NO 2率 NO 2率 123456見
-------------------------------------------------------------------------------
1 3641一瀬 明30神奈50A1 6.87 53.33 7.24 61.29 55 50.00 30 28.57 116 123
1
2 3573前本泰和29広島51A1 5.88 45.35 7.50 65.38 36 52.94 43 36.84 132 1 121
3 3443森 秋光31岡山50A1 7.57 54.10 8.06 40.63 24 22.22 60 41.67 2 323 312
4 3534野澤大二29東京52A1 7.34 61.97 7.90 60.00 29 27.66 69 44.44 2 422 232
5 3996秋山直之22群馬50A1
7.01 55.65 7.09 54.55 56 40.00 52 25.71 326 421 2
6 3792田中 豪28東京50A1 6.97 56.82 6.40 42.55 59 41.18 67 40.00 114 343
3
12R 優勝戦 H1800m 電話投票締切予定20:22
-------------------------------------------------------------------------------
艇 選手 選手 年 出 体級 全国 当地 モーター ボート 今節成績 早
番 登番 名 齢 身 重別 勝率 2率 勝率 2率 NO 2率 NO 2率 123456見
-------------------------------------------------------------------------------
1 3333丸尾義孝33徳島52A1 6.56 45.54 7.32 63.16 51 0.00 48 21.05 254 214
1
2 3010大嶋一也43愛知53A1 7.85 50.00 7.90 61.90 56 0.00 41 81.82 4 51431
1
3 2992今村 豊40山口49A1 8.86 62.00 9.29 50.00 45 0.00 49 25.00 5 11212
1
4 3622山崎智也27群馬52A1
8.92 64.77 8.74 47.83 52 0.00 67 40.00 1 54161 2
5 3388今垣光太31石川50A1 8.62 62.64 9.39 75.51 65 0.00 25 20.00 2 65321
2
6 3623深川真二27佐賀50A1 7.14 51.32 5.89 33.33 20 0.00 52 42.11 2 315 522
Copyright(c) 2001 Kyotei Net
選手のインタビュー記事について
12R 優勝戦 H1800m 電話投票締切予定時刻16:37
連単
-------------------------------------------------------------------------------
艇 選手 選手 年 出 体級 全国 当地 モーター ボート 今節成績 早
番 登番 名 齢 身 重別 勝率 複率 勝率 複率 NO 複率 NO 複率 123456見
-------------------------------------------------------------------------------
1 3427大賀広幸32山口54A1 6.96 49.56 7.21 50.00 37 36.97 77 41.18 2 353 2
1
2 3010大嶋一也41愛知54A1 8.06 58.65 7.23 28.57 52 43.55 53 47.83 221 1 211
3 2992今村 豊38山口49A1 8.70 74.47 9.69 75.00 75 28.93 54 20.00 5 23113
1
4 3131近藤昌義35福岡50A1 6.98 52.03 5.82 33.33 47 33.33 57 23.53 3 322 442
5 2942瀬尾達也39徳島52A1 6.47 45.16 8.10 30.00 55 30.69 74 26.32 154 1 252
6 2719沖口幸栄46京都55A1
6.44 47.46 8.13 80.00 42 28.33 31 41.38 1 154 612
上は1999年・GC・唐津・優勝戦のメンバー表です。
私のコース想定は最初は、沖口は6コースで我慢するような選手ではないので、
[236514]
[123654]
上の様に大賀のインと外の二つケースに絞りました。
ところが、前日に購入した予想紙で沖口が、
「6枠なので大外から行く」
と断言していたので、コース想定を、大賀のコースをインorインを取れない場合は押し出されカド5コースにして
[235416]
[123546]
に変えました。
しかし、本走では、沖口は積極的にコース取りに参加してカド4コースを取りきりました。
沖口は敗者の弁で、
「カドを狙っていた。モーターの動きが足りなかった」
と述べています。
連合会の広報に電話して再確認したところ、
「選手は、宿舎・ピットにある日刊紙の競艇記事を読むことはできます。但し、予想紙を置いてあるかは確認していません」
とのことでした。(昔、選手は競艇に関する記事を見ることは禁止されていました。)
沖口は「カドを取りたい」との本心を他の選手に知られたくなく、「大外から行く」とレース前に断言したのであろうと推定するしかありません。
選手のインタビュー記事はある程度裏読みすることも大事で、選手の言は「話半分」ではなく「話3分の一」との考えで聞いた方が良いと思います。
1999年10月11日全日本選手権競走第8Rを最後にして、栗原孝一郎選手が引退しました。
埼玉の後輩選手と親友の新井敏司選手に救助艇からの水神祭で祝ってもらい選手生活を終了しました。
栗原選手にプレゼントするつもりで、「栗原孝一郎」の名前入りの"単勝"と"複勝"の舟券を購入しました。(早朝前売りの購入は不可で8Rの展示終了後特別観覧席から1階へ走り、二つの券売機しかないので急かされながら舟券を購入しました。)
最終日の戸田の番組表とのセットで、後日栗原(元)選手に渡すつもりです。

"単勝"を15枚・"複勝"5枚を購入し現在は知人にワンセット渡したので自分の保存用を含め共に3枚づつ減少しています。
1999年10月11日戸田ダービーは山室のSG初Vで終わりました。
1着が山室で2着に岡本が入り、マスコミ(記者達)にとって、最も望んでいない形の結果になりました。
翌日は、新聞の休刊日でしたが、3紙(内外タイムスも含め)を(駅売りで)買い、2紙を駅の近くの喫茶店で読むことができましたが、2紙は紙面の4分の1を使いとてもSGVの記事には見えませんでした。2紙は引退した栗原選手の写真を載せていましたが、とくにスポニチは、栗原選手の引退の水神祭の写真が山室選手の写真のほぼ4倍程度の扱いになっていました。
更に、内外タイムスは
"世紀末SG山室笑う"の見出しで
「新聞記者に恨みでもあるののか、普段ピットでは記者の質問に対し、無視か的外れの答えしかできない男が、優勝戦のあとには、立て板に水の模範回答である。
優勝後のインタビューでも「これからは記者陣と仲良くやりましょう」とコロッと態度を一変させたが、記者陣蔑視=ファン蔑視と言われても仕方あるまい。
2着に入ったのもこれまた"報道陣一切無視"の岡本慎。業界の顔として全国のファンに競艇をアッピールする立場にあるSG覇者がこれでは、世はまさに世紀末である。」(妹尾記者)
とかなり怒り心頭状態でした。(上の"記者陣蔑視=ファン蔑視"の部分については私は納得していませんが・・・)
スポニチは
「山室のマスコミ泣かせ有名で優出インタビューでの取材拒否は日常茶飯事。」
と記事にしています。
冗談ですが、ひねくれた見方をすれば優勝戦の舟券は、「選手VS記者」の関係が最悪の山室を1着にして、「選手VS記者」の関係が2番目に悪い岡本を2着にした「4−5」の舟券を一本で買えたことになります。
なお、このレースで濱野谷と今垣は山室の「あとヅケカド」に怒り心頭で「あんな進入であれば誰でも勝てる」との談話を残しています。
江口・今垣・濱野谷に比べて情報量が1/10〜1/20程度に必然的に少なくなる山室のSGVはこのことを知らない一般のファンにとっておおきな警鐘になったと思います。
これから、先も山室・岡本両選手の情報は、偏るか極端に少ない状態は続くと思われますので、舟券の購入の際には注意してください。
なお、1999年10月末で賞金獲得上位20名で、山室以外の19選手は(F休みの選手以外)11月の4つのG1(2コづつの並行開催)2つに参加していますが、山室選手のみ唐津・桐生の一般戦に参加で、その後平和島のチャレンジカップへの参戦になっています。(11月8日の桐生の予想紙には、メイン選手である山室のインタビュー記事がありませんでした。)
2000年1月になっても、山室選手と新聞記者との喧嘩状態は続いているようです。
又最近では、山室選手は艇団遅れから「あとヅケカド」を取りきるレースが目立っていますので気をつけて下さい。
下記は2001年・尼崎・内閣総理大臣杯の優勝戦メンバーです。
------------------
1 3304烏野賢太
2 3622山崎智也
3 2992今村 豊
4 3024西島義則
5 3556田中信一
6 3070山室展弘
------------------
西島・今村は山崎を外からかぶしての内よりのコース取りをしましたが、6枠の山室は小回りブイで山崎の内を差して4コースを取りました。山崎は、ぎりぎりまで我慢しましたが、最終結果は[143「625]で、山室は3対3のカドになりました。本命の山崎は1マークなにもできずに終りました。
2004年10月・日本選手権(福岡)で山室選手は、準決勝戦に進出したが、日刊紙・予想紙ともに他の選手のコメントがあるのに、山室選手のみ
「取材拒否」
の4文字でした。
競技棟側・選手班長の上瀧選手が、山室選手と記者の間を取り持とうとしたが、ダメ。
最終的に、競技棟側が
「取材拒否でも良いですよ」
という結果になった。
その次ぎの月の初旬は、CCカップ(児島=地元)の選手発表がありました。山室選手は、43位にランクされていましたが、施行者の倉敷から斡旋拒否を受けていたので、最終的に除外になりました。
津・1999.10.24日
12R 優 勝 戦 H1800m 晴れ 風 北
着 艇 登番 選 手 名 モーター ボート 展示 進入 スタートタイミンク レースタイム
------------------------------------------------------------
01 1 2819 足 立 保 孝 31 26 6.43 1 0.36 1.47.8
02 2 3020 若女井 正 60 12 6.43 2 0.27 1.49.1
03 3 3439 大 平 誉史明 41 46 6.47 3 0.26 1.50.5
04 4 3865 関 道 26 34 6.36 5 0.30 . .
05 6 3244 後 藤 道 也 44 20 6.29 6 0.22 . .
06 5 3221 細 田 昌 弘 54 35 6.36 4 0.34 . .
単勝 1 300
複勝 1 300 2 130
連単 1-2 1090 人気 3 決まり手 抜き
上は、足立 保孝(2819)が初優勝した時のレース結果です。
足立選手は、これまで75回も優出しながら、優勝を全て逃してきましたが、1999年10月24日・津での76回目の優勝戦進出で初優勝しました。決まり手は彼らしく「抜き」でした。
これで、優出回数が多く、優勝ゼロの選手のベスト2(ワースト2?)は下記の選手になりました。(1999年10月24日現在)
渡辺 千草(3175)=53回
小林 敏夫(2734)=49回
矢後 剛 選手の印象
2000年・2月12日・関東選手権・戸田・4日目
スリットの延長線上で「回りアシタイム」を1〜12R測定した結果、ベストワンは本橋選手で、2番目は矢後選手でした。
関東選手権の最終日は、桐生でも並売していたので、この両選手の参加するレースを買いに桐生に出かけました。
8Rまで待った甲斐があつて、6枠の本橋は6コースからきれいにマクリ差して好配当を提供してくれました。
8R 一 般 H1800m 曇り 風 東 3m 波 1cm
着 艇 登番 選 手 名 モーター ボート 展示 進入 スタートタイミンク レースタイム 抜き
-------------------------------------------------------------------------------
01 6 3655 本 橋 克洋
64 18 6.44 6
0.26 1.47.3
02 1 3619 長谷川 充 53 37 6.42 1 0.19 1.48.6
03 3 3826 村 田 修 次 29 61 6.43 4 0.29 1.51.7
04 2 3460 堤 健 一 16 36 6.58 2 0.22 1.52.8
05 5 3534 野 澤 大 二 23 48 6.54 5 0.25 1.54.8
S1 4 3381 滝 沢 芳 行 43 40 6.45 3 0.31 . .
単勝 6 1030
複勝 6 270 1 200
連単 6-1 4010
人気 22
目的のもう一人の矢後は、5Rの展示中に転覆して欠場になりました。荒れ水面以外での展示中での転覆はめったに起きることではないので、「この選手は大物になりそうだ」予感しました。
5R 一 般 H1800m 曇り 風 無風 0m 波 1cm
着 艇 登番 選 手 名 モーター ボート 展示 進入 スタートタイミンク レースタイム 抜き
-------------------------------------------------------------------------------
01 5 2528 新 井 敏 司 55 23 6.39 1 0.13 1.46.2
02 4 3245 池 上 裕 次 35 29 6.52 2 0.12 1.47.8
03 1 1485 加 藤 峻 二 33 22 6.43 4 0.17 1.49.8
04 6 3408 大 貫 英 治 56 59 6.54 5 0.17 1.51.5
05 3 3381 滝 沢 芳 行 43 40 6.39 3 0.13 1.53.8
K1 2 3347 矢 後 剛
40 64 K . K . . .
単勝 5 650
複勝 5 200 4 170
連単 5-4 2390 人気 12
ところが、矢後は後半9Rでは、6コースから[50]のスタートで、1Mもゆっくり旋回し、やる気の見えないレースぶりで6着に終わりました。
9R 一 般 H1800m 曇り 風 東 2m 波 1cm
着 艇 登番 選 手 名 モーター ボート 展示 進入 スタートタイミンク レースタイム 逃げ
-------------------------------------------------------------------------------
01 1 3664 鈴 木 賢 一 37 54 6.42 1 0.25 1.46.6
02 2 3629 浅 見 昌 克 26 69 6.44 2 0.28 1.48.3
03 3 3647 伊 藤 雄 二 03 19 6.49 3 0.30 1.49.5
04 4 3772 一 柳 和 孝 25 27 6.40 5 0.37 1.50.7
05 6 3532 柴 田 光 21 47 6.53 4 0.45 1.52.8
06 5 3347 矢 後 剛
40 64 6.43 6 0.50 1.57.0
単勝 1 150
複勝 1 110 2 150
連単 1-2 660 人気 1
このふたつのレースで矢後選手の印象は「上げて下がって」で強く頭に残りました。
このレースからほぼ一ヶ月後、矢後選手は総理大臣杯(浜名湖)でSG優勝を果たしました。
総理大臣杯では、”エッ!?”と思われる選手が優勝していますが、これらN選手・M選手・T選手の仲間にならないように、頑張って下さい。
モータ複勝率について
----------------------------------------
モーター複勝率トップは、三角選手の57.61%で、
モーター複勝率最低は、濱野谷選手の27号機で27.06です。ブービーは岡本選手の36号機で27.10%
です。
ところが、36号機は勝率は低いがV2しているモーターと聞いています。
これだけの勝率の差があることは、「モーター勝率を信用して良い時期」より前で、SG級の選手の整備力(及びぺラ)によって、MB記念の2・3日目には、モータ複勝率は、全く信頼のおけない数値になる可能性があると思いますが・・・
----------------------------------------
上の文は、2000年MB記念(若松)の初日の前夜に、あるHPのBBSに書きこみをしたものです。
実際に、濱野谷選手は18位で準優勝戦に進出できましたが、三角選手は脱落しました。
また優勝戦では、初日の時点での西島選手のモーター複勝率は29.90%で、山室選手は51.92%でしたが、モーター複勝率を見てしまうと、ほぼイン確定の山室を消せなくなります。
ところが、優勝戦での、過去5日間の成績から導き出せる「ゼロ計算タイム」は下記のようになりました。
1 山室展弘=12
2 服部幸男=06
3 今垣光太=05
4 小菅文隆=06
5 大嶋一也=04
6 西島義則=00
このタイムを利用して完成したグラフ(SG・優勝戦前夜に発表=indp.html)は、下記のようになりました。

実際のコースは、6西島と3今垣が入れ替わりましたが、本命は西島で、逆転できる可能性があるのは服部選手になりました。イン想定の山室を少し前に移動しても、6の西島に届きませんでした。
西島からの確定オッヅは次ぎの通りでした。
6−1=25.3
6−2=30.6
6−3=27.5
6−4=59.2
6−5=54.7
グラフから買い目の比率を考えると、若松のイン有利の条件を考慮しても、6−2が本線で
6−1=8
6−2=10
6−3=8
6−4=5
6−5=6
に収まりそうです。
結果は[6−5]でした。
A 桐生12R優勝戦(2003・01・07) 1 3159江口晃生37群馬54A1 2 3419栗原謙治33群馬56A1 3 3622山崎智也28群馬51A1 4 3326生方厚成35群馬54A1 5 3441土屋太朗33群馬52A1 6 3830萩原 篤28群馬50A2 --------------------------------- B 桐生12R優勝戦(2003・05・06) 1 3622山崎智也29群馬51A1 2 3460堤 健一36神奈52A2 3 3159江口晃生38群馬54A1 4 3326生方厚成35群馬53A1 5 3947寺本昇平27群馬52B1 6 3679飯島昌弘30埼玉55A1
上は2003年1月の群馬ダービーの優勝戦と5月の大型連休での優勝戦の番組です。
Aのレースは、捲る山崎にイン江口が突進して2人は1Mで大トビ、山崎は対岸のフェンスの近くまで流れる。山崎マークの生方がV。
Bのレースは、今度は江口が3コースカドから捲るが、山崎が抵抗も捲られ1Mで大キャビ後方に。江口も流れ3番手、江口マークの生方が差してほぼ1着確定、2番差しの寺本も続くが、江口が寺本を捕らえ2着に、寺本3着。山崎は後方のまま6着。
A(進入123456) 01 4 3326 生 方 厚 成 02 5 3441 土 屋 太 朗 03 1 3159 江 口 晃 生 04 2 3419 栗 原 謙 治 05 6 3830 萩 原 篤 06 3 3622 山 崎 智 也 2連単 4-5 7310 人気 17 3連単 4-5-1 25050 人気 57 B(進入12/3456) 01 4 3326 生 方 厚 成 02 3 3159 江 口 晃 生 03 5 3947 寺 本 昇 平 04 6 3679 飯 島 昌 弘 05 2 3460 堤 健 一 06 1 3622 山 崎 智 也 2連単 4-3 4550 人気 14 3連単 4-3-5 29830 人気 69
橋本久和選手は、SG・G1では穴男(捌きに甘さがあるものの、スタート一発あり。風にも強い)
2002年・総理大臣杯・平和島・2日目(3月17日)・第7R
1 3257 田頭 実34福岡
2 3635 石田政吾31石川
3 3304 烏野賢太34徳島
4 3349 吉田一郎34長崎
5 3381 滝沢芳行33埼玉
6 3475 橋本久和31群馬
結果
7R H1800m 晴 風 南 12m(かなりの強風) 波 8cm
01 6 3475 橋 本 久 和 6 0.16 1.48.5
02 5 3381 滝 沢 芳 行 5 0.07 1.51.0
03 4 3349 吉 田 一 郎 4 0.05 1.51.7
04 3 3304 烏 野 賢 太 2 0.17 1.52.3
05 1 3257 田 頭 実 1 0.22 1.54.0
06 2 3635 石 田 政 吾 3 0.15 1.55.3
2連単 6-5 14780 人気 25
3連単 6-5-4 70000 人気 109
2003年桐生・周年記念9月07日(第4日)・06R・結果
01 2 3475 橋 本 久 和 2 0.13 1.47.7
02 6 3708 岡 部 貴 司 6 0.01 1.49.0
03 1 3265 今 村 暢 孝 1 0.19 1.50.5
04 5 3388 今 垣 光太郎 3 0.09 1.50.8
05 4 3335 小 菅 文 隆 4 0.08 1.52.7
06 3 3740 大 澤 普 司 5 0.02 1.52.8
2連単 2-6 18090 人気 26
3連単 2-6-1 68700 人気 95
2003年戸田・周年記念9月16日(第4日)・12R・結果
01 5 3576 白 水 勝 也 5 0.08 1.47.0
02 6 3697 勝 野 竜 司 6 0.18 1.49.6
03 4 3475 橋 本 久 和 4 0.06 1.49.8
04 2 3622 山 崎 智 也 2 0.14 1.50.8
05 3 3589 西 村 勝 3 0.15 1.52.1
06 1 3022 西 山 昇 一 1 0.15 1.52.4
2連単 5-6 4400 人気 17
3連単 5-6-4 16070 人気 59
カドからトップスタートで橋本選手が捲るが、2コースから、伸び返した山崎智也選手に飛ばされる。1着は、橋本選手マークの白水選手。橋本選手は飛ばされながらも好走し3着。
2003年戸田・周年記念9月16日(第5日)・8R・結果
01 6 3475 橋 本 久 和 6 0.03 1.47.4
02 3 3589 西 村 勝 3 0.13 1.49.4
03 4 3159 江 口 晃 生 4 0.19 1.50.6
04 2 3064 山 崎 昭 生 2 0.10 1.51.8
05 1 2942 瀬 尾 達 也 1 0.19 1.52.4
06 5 2712 河 合 良 夫 5 0.23 1.52.6
2連単 6-3 2460 人気 14
3連単 6-3-4 14520 人気 51
6コースから、タッチに近いスタートから一気に捲り1着。
2003年平和島・周年記念10月03日(第2日)・6R・結果
01 3 3475 橋 本 久 和 3 0.08 1.46.8
02 2 3300 川 崎 智 幸 2 0.14 1.47.8
03 5 3833 中 辻 博 訓 5 0.08 1.49.3
04 6 3654 武 田 光 史 6 0.24 1.50.7
05 1 3200 熊 谷 直 樹 1 0.10 1.51.2
06 4 3312 新 美 進 司 4 0.10 1.53.2
2連単 3-2 9220 人気 25
3連単 3-2-5 57110 人気 119
2003年11月21日・江戸川でG1初優出・初優勝をしました。
メンバーと結果は下記の通りです。
11R 優 勝 H1800m 電話投票締切予定16:02
-------------------------------------------------------------------------------
艇 選手 選手 年 出 体級 全国 当地 モーター ボート 今節成績 早
番 登番 名 齢 身 重別 勝率 2率 勝率 2率 NO 2率 NO 2率 123456見
-------------------------------------------------------------------------------
1 3159江口晃生38群馬52A1 6.66 34.78 7.04 44.00 70 33.33 27 37.59 1 422 1 1
2 3915繁野谷圭29大阪50A1 7.07 57.38 6.83 63.33 55 37.30 65 31.50 3 1 121 1
3 3771折下寛法29東京52A1 6.48 52.80 7.02 53.26 52 29.46 25 46.62 2 1 614 1
4 3475橋本久和33群馬52A1 6.30 42.40 6.80 50.98 17 48.85 70 35.00 3 241 2 2
5 3590濱野谷憲30東京52A1 8.48 56.52 8.31 63.46 34 36.72 10 35.00 241 3 512
6 3780魚谷智之28兵庫51A1 7.20 50.00 2.33 11.11 29 37.98 53 38.51 232 2 222
11R 優 勝 H1800m 晴 風 無風 0m 波 5cm
着 艇 登番 選 手 名 モーター ボート 展示 進入 スタートタイミンク レースタイム 抜き
-------------------------------------------------------------------------------
01 4 3475 橋 本 久 和 17 70 6.76 4 0.13 1.46.0
02 1 3159 江 口 晃 生 70 27 6.78 1 0.18 1.48.0
03 5 3590 濱野谷 憲 吾 34 10 6.65 5 0.12 1.49.2
04 2 3915 繁野谷 圭 介 55 65 6.79 2 0.21 1.49.9
05 3 3771 折 下 寛 法 52 25 6.72 3 0.19 . .
S0 6 3780 魚 谷 智 之 29 53 6.65 6 0.08 . .
2連単 4-1 3920 人気 17
3連単 4-1-5 9910 人気 44
桐生2004年7月10日第2Rの結果は、3連単2-3-6で[43360]でした。
浜名湖2004年7月26日第3Rの結果は、3連単5-6-4で[43660]でした。
ほぼ同額ともいえる高配当のレースでした。
レース形態は、共に6コースからのまくり1着で、”進入コース別の着順”は、桐生と浜名湖が一致し
1着=6コース
2着=4コース
3着=3コース
4着=2コース
5着=1コース
6着=5コース
でした。
(桐生では内3艇がスタートタイミング15であったのを4・5コースのへこみを利用してコンマ20からツケマイを決めました)
1番驚くべきことは、似ていたのは配当とコース別の結果のみでなく、
1着が共に
4276・鈴木勝博選手(21才愛知)
であったことです。
更に偶然にも、同姓同名の3037・鈴木勝博(千葉)がいることです。ベテランの鈴木選手は2004年・4月4日、平和島でデビュー21年目で初優勝しました。新人の鈴木選手の水神祭は、同じ平和島(7月4日)で、デビュー26走目でした
鈴木勝博が1着になれた一因には、番組表に、50才以上の選手が桐生では3人、浜名湖では2人いたことがあると思います。
公式ホームページに足りない[FL]・[スタートタイミング][その他のデータ]を下記のHPからダウンロードできますので、そのデータが必要な方はアクセスして下さい。
回りアシ測定用競艇専用ストップウオッチ(page2)
メールアドレス(pro-boat@mail2.takauji.or.jp)
競艇 データベース 番組表 データベース化
Access ACCESS Excel EXCEL Excel エクセル mdb MDB csv CSV 拡張子
そんとく 二ノ宮信道 二宮信道 pro-boat 選手手帳